当ブログはJ-WAVEの「GROOVE LINE」内でピストン西沢氏にごく一瞬紹介されました。まぁ素敵。


by travelers-high
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教育

「ねぇ、詩ってどう書くの?」

この問いに即答できる自信が、あなたにあるか?
何か具体的な答えを、あなたは持っているか?
俺は、この問いに即答できる人物が身近に居たことに相当驚いた。
その人物とは、母だ。

俺が、初めて誰かの書いた文字を読んで涙を流したのは小学校の低学年の頃だ。それは文だったのか詩だったのか、今となっては何が書いてあったかすらほとんど覚えていない。幼い俺に涙を流させたそれを書いたのは、母だ。

当時、宮崎駿監督「風の谷のナウシカ」というアニメが空前のヒットを飛ばし、それまでのアニメの概念をひっくり返していた。俺もハマったし、俺の兄弟もハマった、社会全体がハマっていた。幼い我々はナウシカをリスペクトし、生き物を愛し、暴力を憎んだ。しかし、それは単に映画に感化されただけだったのだが。
香港映画を観て、自分がリー先生のようにカンフーの達人であるかのような気がするのと同じ、『錯覚』というヤツだ。実際俺は、『ナウシカ後』でもカエルを爆竹で吹き飛ばし、蜂の巣をエアガンで蜂の巣にしてかん高い笑い声を上げていた。幼児性の持つ残酷さと破壊衝動の前に、『ナウシカ的錯覚』はあくまで一時的なものでしかなかった。
しかしそれでもアニメの子供への影響力とは凄まじい、『ナウシカ』の悪い面をまともに食らったのが姉だ。実際に生き物が飼いたくなってしまったのだ、姉はハムスターを欲しがった。生き物を飼う事の難しさ面倒くささより、心が通じ合えばあらゆる生き物とは対話が可能である『ナウシカ的錯覚』が姉の判断に大きく影響を及ぼした。
当時羽振りの良かった叔父がその願いをあっさりと叶えてしまった、クリスマスかなんかで姉にハムスターをプレゼントしてしまったのだ。ハムスターは『イチ』と命名された。
『イチ』は、間もなく死んだ。死因は食いすぎだろう、姉がエンドレスにエサをやり過ぎたのだ。
『イチ』の死に最も心を痛めたのが母だ。恐らく姉に飼うことを許し、結果的にひとつの小さな生命が短い時間で死に至ったことに対して、少なからぬ責任を感じていたのではないだろうか。『イチ』が死んでから数日後、俺は家の片隅である紙片に目が留まった。母の字で何かが書かれていた、それは死んだ『イチ』への詫び状だった。繰り返すが具体的な内容は覚えていない、しかしそれを読んだ俺が、その衝撃で涙を止められなくなったのは覚えている。劇的な、感傷的な、身を切るような文字が紙に刻み付けられていたのだ。それはまさに母そのものだった。
その後、母が小学生時代、教師から『詩人』と呼ばれていたことを知った。

それからおよそ20年後の現在、
思うところがあり還暦を数年後に控えるその母に聞いた、
『ねぇ、詩ってどう書くの?』

即座に恐るべき回答が母から放たれた。
俺にも詩は書けると思った。
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by travelers-high | 2005-09-26 21:51 | よれよれ日記