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当ブログはJ-WAVEの「GROOVE LINE」内でピストン西沢氏にごく一瞬紹介されました。まぁ素敵。


by travelers-high
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プロローグ

俺は地獄にいた。

「地獄」と言っても、「借金地獄」や「地獄のような日々」といった、生きながらの苦しみを比喩的に表現した地獄ではない。死後、閻魔裁判で有罪の評決を出された者のみが入場を許される、生前の罪を永遠の苦痛で償うところの鬼のワンダーランドの方のリアルな地獄だ。分かり辛く洒落て「逝き地獄」とでも言っておこう。

地獄の情景というのがまたすごい、火星でキャンプファイヤーをいくつもやっているような状態で、体が燃えるように熱い、俺は幼い頃浄土真宗系の幼稚園に通園していた、その幼稚園では隣接する寺で仏画などを園児に鑑賞させる教育も行っており、ここはそこで見せられた地獄絵の中の炎熱地獄にクリソツだ、つまりここは炎熱地獄なのだろう。俺は冷え性なので、まぁ炎熱地獄に堕とされたのは不幸中の幸いともいえる。しかし熱いはずだ、気が付くと石川五右衛門のように鉄鍋でグツグツと煮られているではないか。おっかしーなー、俺ってここまでされる程生きてる間にそんな悪いことしたっけなー?と途方に暮れていると、鍋の横に赤鬼が立っていた。その鬼と言うのが、節分豆のオマケについているお面のように、毛むくじゃらで角が二本立ってて、やけに想像通りのステレオタイプな赤鬼だったので、面白くてつい吹き出してしまうと、鬼はその悪の象徴である高いプライドを傷付けられた為か急に怒り出し、意味不明な事をわめきながら金棒でドついてきた。

「おきろー、おきろー。」(ドン、ドン)
「おきろー、おきろー。」(ドン、ドン)

いや、起きてますって、なんたって煮られてるんですよ、俺は。てゆうか俺を煮てるのは鬼であるあなたなワケだから、俺が起きてる事位わからなくはないですよね。

「おきろー、AZU-、おきろー」(ドン、ドン)

なんで地獄の鬼が俺のアダ名知ってるの?あ、俺の名前は石山東、東が名前なんだ、変わってるだろ?だいたいツレにはAZUって呼ばれてるんだ。あー、でも地獄にいるって事は俺は既に死んだってことだよね?つまりせっかく自己紹介したのにあんたには会えないわけだ、なんだ、残念だな。しかし、うるせえな、さっきからどんどんドつきやがって。

(ドン、ドン、ドン)

そんなに叩かなくっても最初からうちの戸に鍵なんかついてないですよーって、

戸?

その瞬間意識がもどった、俺はコタツのテーブルに突っ伏した体勢からガバッと上半身を起こした。そこは京都市伏見区にある安アパートの六畳一間の自分の部屋だった、じっとりと汗をかいている、鍋で煮られたのはコタツが最高温に設定されていたのでとても暑かったからのようだ。コタツの上では、コップに入ったままもう泡も出なくなったチューハイの水面が、俺の起こした振動で細かく波紋を刻んでいる、つまみに食った柿の種が袋から無残に飛び散り俺のケツの下で砕けていた。今日は徹夜バイトで帰りが早朝だった、帰り道コンビニで買った酒を朝飯代わりにコタツに入った状態で飲んで、どうやらそのまま寝てしまったらしい。

「AZU-、AZU-」

あー、うるさい。また鬼がわめいてる。開いてるっていってるだろ。俺はエッコラショとコタツから立ち上がると、シンクとガス台だけのキッチンスペースを横切り、木製の薄汚い引き戸をガラッと開けた。
「お、どこの鬼かと思えば10号室の村田さんじゃないですか。」
「は?鬼?何言ってんの?ま、いいや。あけましておめでとさん」
そうなのだ、今日は2000年の正月。めでたいミレニアムな日なのだ。
「あ、はい、あけましておめでとうございます。で、何ですか?俺は地獄で贖罪してたんだから、それを中断しなければならないほどなんだから、それなりにでかい用事じゃ無いと、ほら俺はちょっとアレしますよ」
この人はこのアパートの10号室の村田さん、北海の生まれで色白で毛深く
「さっきから何ブツブツ言ってんの?ま、いいや。初詣だよ、稲荷まで行こうぜ」
「えー、だって外なんかアホみたいに寒いじゃないですか、朝は雪がチラついてたんですよ?大体アレですよ、伏見稲荷っていうのは商売の神様って言うじゃないですか、関西一円からプロ根性もった商人が稲荷に大挙押し寄せて、それぞれがそれぞれに千客万来とかそういう身勝手な祈願をしてるんですよ?俺らみたいなフリーターがそんなとこに行ってちょちょっとお祈りしても相手にしてくれないですって。神様もそんなにヒマじゃないと思いますよ、所詮神様も客商売なんだから大口の顧客から処理していくんじゃないですか?」
「うるせえ、知らねえよそんなこと。ナンパだよ、関西一円から暇な金持ちの女が和服とか来て集まってんだぞ、行かねえわけにはいかねえだろよ。」
「あー、俺寒いのダメなんすよ。今起きたばっかだし・・・。悪いけど一人で行ってもらえませんか?俺バイト明けなんすよ。これから布団に入ってもう一回罪を償わなけりゃダメなんです、はい、被害者の為にも。」
「あー、ダメだ!人と話してる気がしない!もういい!FUSAと行く!一生寝てろ!この毒虫!不良品!」
ピシャリと戸が閉められた。
キッチンの小窓を空けて外を覗くと、どんよりとした黒い雲が空に重苦しく浮かんでいた、冷気が部屋に流れ込んでくる。村田さんとFUSAが稲荷でナンパか、あの組み合わせで何かうまくいった試しがないから、今回のナンパも只では終わるまい。窓を閉めて時計を見ると昼過ぎだ。さて、布団でちゃんと寝るか。おー、寒みぃ。

「AZUさーん、AZUさーん、鍋しませんかー、あけますよー」
ガラガラ

勝手に戸が開いてFUSAが入ってきた、開いた戸から廊下の蛍光灯の光が差し込んでFUSAの影を立体に見せる、部屋が真っ暗だ、夜になってるらしい。
「あれ、AZUまだ寝てんの?晩飯、鍋しません?今からダイエーに買出し行こうとと思って。」
ベッドに寝る俺を見下ろしながら、呑気な顔を暗闇に浮かべてFUSAが一方的にまくし立てた。
「うーん・・・、鍋・・・、か・・・、いいね・・・、そうしよう・・・、うん・・・。もう起きるわ、ちょっとシャワー行くかな。」
「あー、はい、ビールの他、なんかいる?チューハイとか。食いモンは刺身でも買ってきますよ。」
「そうね、氷結のライムも買ってきて。あと、じゃがりこのサラダ味も。」
「はいはい、了解。じゃ、行って来ますね、シャワー上がったらシンクにたまってる皿とかコップ、洗っといてね。」
「へーへー。ミツの原チャで行くんやろ?気ー付けてな。」
「はい、サンキューね。行ってきまー。」
ヤツはFUSA、9号室の住人だ。日本男児的な男前で頭も切れるが直感と激情で動く男、気持ちが盛り上がると自らの陰毛を焼いてみせる困ったナイスガイだ。
by travelers-high | 2005-12-11 19:22 | 「D2」